「あらやだわ、お天気悪くなるのかしら!」 パン工場にて。 餡、辛、食、バタコは、いつもの時間、リビングにてクッキーと紅茶をつまみながら談笑していた。 見るとは無しにつけていたテレビの気象情報にバタコがいち早く反応し、洗濯物乾いたかしら、とパタパタとスリッパを鳴らしながら庭へと向かう。 「あ、俺手伝う!」 残りのクッキーを頬張りながら、辛がいち早くバタコを追いかけた。 クーラーの効いた室内の穏やかな時間に眠気を誘われていた2人、餡と食は、目を瞬かせるとテレビをまじまじと見入った。 『台風の影響で夕方から天気が崩れるでしょう。突風や大雨、雷などにご注意ください。』 「雨降る前にパトロール行って来なきゃ・・・。」 「だな〜・・・。」 緩慢な動作で、餡は残っていた紅茶を飲み干すとソファを立って伸びをした。 「餡、乾いてたわよ!ほら。」 両手にシーツやらタオルやらを抱えたバタコと辛がリビングに戻って来て、バタコは抱えていたシーツから白い白衣を取り出し餡に手渡した。 先日、森で会った時に借りた・・・正確には居眠りをしていた餡に被せてあった、菌の白衣だ。 「ありがとう、バタコさん。」 「浴衣もたたんでおいたから、早めに返してきなさいよ。」 言いながら、バタコはてきぱきと辛の持っていた洗濯物も受け取るとリビングのラグの上におく。 「うん。今日パトロールついでに返してくるよ。」 「そう。気をつけてね。雨降りそうだから、早めに戻ってきて。」 「そうする。じゃあ僕行ってきます。」 餡はいつものように微笑むと、部屋を出て行った。 「辛もほら、いってらっしゃい。」 「うん。行ってきます!餡待ってよ!」 「いってらっしゃ〜〜い。」 バタバタとせわしなく足音が響く。 配達が既に終わっている食は、バタコが洗濯物を畳むのを手伝いながらぼんやりと空の様子を伺いながら、バタコに問うた。 「・・・ねぇバタコさん、あの白衣って?」 バタコやジャムおじさんが作業中に着ている白衣とは異なり、医者が着る様な白衣だったのだ。パン工場では見たことの無い白衣に、食は考えをめぐらせて首をかしげた。 「ああ、バイキンマンのらしいわ。森で会ったんですって。」 手を動かしながらバタコが答える。 「バイキンマンの?・・・森?」 「そ、バイキンマンの。森はどこの森かしら?そこまでは聞いてないけど・・・場所的に・・・」 あの辺かしら?と首をかしげるバタコに、食は曖昧に返事をした。 「そういえば・・・ジャムおじさんは?」 「研究室に篭ってるわよ。今度は水に濡れても平気なマントを開発するんですって!」 バタコが半ば馬鹿にしたような口調で明るく言うのに、食はクスリと笑った。 マントは水に濡れると飛行能力はじめ、餡達の持つ特殊な力を失ってしまう。 いわば、マントによってその尋常でない力が助長されているとも言えるものだった。 「それ、開発されたら餡と辛、休みなしだな。」 「ふふ、そうね。」 自身は、普段マントを使わなくてもいい車を使っての配達で、ほとんどが午前中に終わってしまう仕事なので、まるで他人事の様に同輩2人を哀れんだ。といっても、配達が終わるとこうしてパン工場に立ち寄り、研究に勤しむジャムの代わりにバタコを手伝っていた。 「マントが出来たら次は何を作るつもりなのかしら。」 「ジャムおじさんの考えることは良くわからないよ。」 「ふふ、そうね。」 畳み終えた洗濯物を持って、部屋を後にしようとするバタコに、 「先に工房行ってる。」 食が言うと、 「ありがとう。」 バタコがニッコリと笑った。 「さて・・・。」 これから明日配達する分のパンの仕込みだ。 食は工房へと向かった。 餡は一通りのパトロールを済ませてからバイキン城に立ち寄っていた。 だが、菌は不在で、代わりに同居人のドキンちゃんが出迎える。 「森にベリー摘みに出かけた?」 「そうよ。今ちょうどベリーの収穫の季節だから。バイキンマンの焼くベリーパイは最高よ。 でも森ってどこか知らないのよね。教えてくれなくって。」 菌の焼くパイを楽しみにしているんだろう、ドキンちゃんが楽しそうに話す。 「そっか。あ、これドキンちゃんの浴衣でしょ。それとバタコさんから差し入れのクッキー。」 「きゃあ、ありがとう。バタコのクッキーも絶品よね〜。」 「じゃあ僕はこれで。バイキンマンを探してみるよ。」 言いながら、もう既に地面から足は浮いている。 「あらそう?お茶の相手でもしてもらおうかと思ったんだけど。」 「ごめんね、また今度で。」 「バタコによろしくねー!」 終始ご機嫌のドキンちゃんに手を振って見送られ、餡は森へと向かった。 例の丸太小屋の辺りに来ると、甘酸っぱくて香ばしいパイを焼く香りが漂っていた。 菌の焼くパイは最高だと言っていたドキンちゃんの話を思い出し、なるほど、美味しそうな匂いだと餡は感心する。 先日偶然見つけた森の一角、開けた切り株の広場に、餡はそっと降り立った。 小屋に取り付けられた小さな窓からそっと中を伺うと、相変わらず白衣を着た菌が、オーブンに向かって何やら思案していた。 ここのところ、街でいたずらも起こさずに静かだったために、菌の顔を見るのは久しぶりだった。 具合でも悪いのかと内心心配していたが、特に問題はなさそうで餡はこっそり安堵する。 餡はドアを軽くノックし、返事が帰ってくる前にドアを開いて部屋に入った。 「・・・あ・・・アンパンマン?!」 物音に気づいて振り返った菌の表情が驚きに固まった。 「やぁ、バイキンマン、久しぶりだね。」 餡は知らずに緩む顔で、微笑む。 「ど・・・して・・・ここに・・・」 「バイキン城に行ったら、ドキンちゃんが森に行ったって言ってたからね。」 言いながら菌の突っ立っている場所まで進むと、オーブンの中を覗き込んだ。 「すごくいい匂いがしてるよ。バイキンマンて器用なんだね。美味しそう。」 「あ・・・それ・・・」 傍でしゃがんだ餡の手に紙袋があり、その中に白衣が入っているのが見えた。 「うん。これ、返しに来たんだ。ありがとう。」 「・・・・・・。」 菌に手渡しながら、餡は興味深そうに室内を見回した。 小屋は小さな作りになっていて、真ん中に切り株を切っておいたようなテーブル、入り口の左側にはカーテンが引かれていて見えないが、恐らくベッドが置いてあり、餡が今立っているキッチンは入り口から一番奥になっていた。簡素とはいえ、キッチンは一通りの機能は備えてあり、その隣には洗面所へと続くのであろう、部屋がもう一つあり、短期間の滞在なら十分に過ごせそうな設備が整っていた。 「この小屋、バイキンマンが作ったの?」 「いや・・・小屋はあったのだ。内装を少しいじったけど・・・」 聞かれるままに答える。菌の視線は餡を追いながら、オーブンの前で突っ立ったままだ。 「へぇ、すごいね。」 餡は切り株のテーブル周りをキョロキョロ見回しながら一周すると、テーブルの上に置かれたカゴの中の、収穫したばかりであろうベリーを一粒手に取った。 「この辺でベリーが採れるなんて知らなかったなぁ。ねぇコレ何?」 言いながら、紅く熟れた実を口に入れた。 「美味しいけどすっぱい!」 「・・・それはクランベリーなのだ。酸味が強いからジャムにしようと思ってたのだ・・・。」 「そうなんだ。ねぇお茶しようよ、バイキンマン。」 勝手にテーブルについてすっかりくつろぎモードでニコニコと笑う餡に、突然の訪問に戸惑っていた菌は呆れて、言われるままにお湯を沸かした。 「うん、すごく美味しいよ。」 おどおどと視線をさ迷わせる菌が、それでも用意してくれた紅茶と焼きたてのベリーパイを食べ、餡は顔をほころばせる。 お菓子を作る時はたいていがドキンちゃんの脅迫とも取れるようなリクエストから始まるのだが、料理やお菓子作りは嫌いではなかったし、ドキンちゃんが喜んでくれるから作っていたという部分が大きい。そのたびに美味しいと絶賛してくれるドキンちゃん以外の人に食べられ、褒められるということが初めてだった菌は、満更でもない表情で軽く微笑んだ。 2人はテーブルに向かい合って座っている。 味を確かめるように、菌も餡に続いて熱々のパイを一切れ口にした。 今回も美味く出来ていることに満足しつつ、 「・・・パイは焼きあがってから少し時間を置いた方が味が馴染んでもっと美味しいのだ・・・。」 呟くと、餡が持っていたフォークの動きを止めた。 「そうなの?十分美味しいよ。」 「・・・パン工場に住んでるくせに何も知らないんだな。」 「だって僕、パンやケーキ作りは手伝わないんだもん。」 呆れ顔で呟く菌に向けられていたご機嫌な餡の表情が、不意に真面目な顔に変わる。 「ねぇバイキンマン。最近街で悪戯しなくなったよね。何かあったの?」 「えっ・・・・・・。」 心配も含む口調で問われ、返事に詰まる。 「べ、別に。・・・・・・悪戯されたいのか・・・?」 確かに、七夕の一件からずっと大人しく、悪戯という悪戯はしていなかった。 街へ降りる時といえば、買出しに行く程度でほとんどバイキン城とこの小屋に篭っていた。研究をするでもなく、発明をするでもなく。 何やら思いを巡らせている様子の菌に、餡は 「・・・僕は君に会えなくて寂しかったんだけど。」 「?!」 言うと拗ねたように視線を横に逸らした。 会えなくて、寂しい? 言われた言葉を、心の中で反芻する。 以前は週に1回は必ず悪戯していたので、間が空いていると言えばそうなる。 菌は篭っている間、何かが足りないとずっと思っていた。以前との生活の違いは、生活の中に餡の姿が無いということだった。立場上、自分が悪戯をしなければ会うことも無い相手だが、だからといって悪戯をする気力が無かったし、何よりも餡に会う勇気が持てなかった。その感情が寂しいという感情なのだと今更に気づいて、菌は動揺した。 困惑した顔で俯いてしまった菌に気づいた餡が、視線を戻す。 「・・・僕がそういう風に思うの、迷惑?バイキンマンは寂しくないの?」 「お、俺様は・・・・・・。」 本音を言えば、寂しい。だが己の立場と天邪鬼な性格が邪魔をして、 「寂しくなんかないのだっ。」 「・・・・・・あっそ。」 素っ気無く言い捨てると、餡は不貞腐れて手にしたままのフォークでパイを突付きながら俯いてしまった。 一瞬酷く悲しそうな顔をした餡に、菌はチクリと心が痛んだ。 居たたまれない沈黙が続き、菌は内心益々焦る。 「ブ、ブルーベリーが足りなくなったのだ。秘密の場所を教えてやるから・・・来い、なのだ。」 「え・・・?」 突然席を立ち、目の前にあったカゴを手にしてドアへと向かう。 餡は、振り返って自分の様子を伺うことすらしない菌の真っ赤に染まっていた耳に気づき、軽く溜息をついてついていく。 外に出ると、湿気が先ほどよりも増していた。じっとりと汗が額に浮かぶ。餡はパン工場で見ていた天気予報を思い出した。予報だけでなく、本当に一雨きそうな気配に危惧する。 「ねぇバイキンマン、ドコまで行くのさ・・・?」 「もう少し・・・。」 餡は、初めて歩く森の中を辺りの様子や木々を見渡しながら、膝くらいまでの雑草が生える中ずんずんと迷い無く進む菌の後ろを着いていく。今にも雨が降りそうな湿気を存分に含んだ森の葉は、その身を重そうにもたげていてる。清涼ではあるが、湿気の多すぎる空気に息苦しささえ覚え始めた時、木々の間に開けた原っぱにたどり着いた。 「ココなのだ。」 その野原には、色とりどりの花が咲き乱れており、そよそよと吹く風が花々の上を駆けている。 「わぁ・・・。」 小さな花畑の終わりは切り立った崖になっていて崖下からは水音が聞こえており、上がってくる風は清涼だった。 「ココは、いつも色んな花が咲いているのだ。」 言うと、大きな岩―恐らくココに来たときに背もたれのようにそこに座っているんだろう―の足元にカゴを置くと、菌はピンクと黄色の花を2本ずつ摘み、カゴに入れた。 花畑に埋もれるようにして、しゃがんで花を摘む菌を目を細めて餡が見ていた。 無造作に伸びた艶やかな黒髪がサラサラと風に流されている。 「・・・綺麗だね。」 餡が言うと、菌はコクンと頷き、空を仰いだ。萌えるような緑に対して、空は暗くなってきている。 「次はブルーベリーを摘みに行くのだ。」 長居をしている時間はなさそうだ、と菌は再び歩を進めた。 花畑を横切り、しばらく歩いた所にブルーベリーの木があった。 大小のブルーベリーの木が群生している。 始めは1〜2本だったが、後に菌が植え足したようだ。木には実がたくさんなっていた。 「バイキンマン、たくさん採れたよ!」 菌を手伝うべく、自分のマントの両端を持ってカゴの代わりに実を入れていた餡が嬉しそうに見せた。丸められた紅いマントに、濃くて青い小さな粒が言葉の通りたくさん山盛りになっている。 「と、採りすぎなのだ!」 「そう?パイとかジャムとかたくさん作ればいいじゃない。そしたらまたお茶しようよ。」 菌の持っているカゴに実を移しながら嬉々として言う。 「・・・・・・。」 この正義の味方は自分の立場を分かっているのか。 それを言うと自分の立場もそこそこに、悪戯をせずにお菓子ばかり作っている菌も何とも言えないのだが。 ――ゴロゴロゴロゴロ・・・。 マントの実を全て移し、重くなったカゴを抱えて帰ろうとした2人の頭上で空が低く唸った。餡と菌は空を見上げる。少しだけ見えていた青い空は既に無く、いつの間にか空は黒い雲で覆われていた。 「あー、きそうだね。」 餡が呟いたその言葉が合図だったかのように、ポツポツと雨粒が額に当たる。 「早く小屋へ帰るのだ。」 「うん。バイキンマン、足元気をつけて。それ、持つよ。」 帰り道の分からない餡は、菌からカゴを受け取ると後ろをついて行く。 ポツポツと降っていた雨は、瞬く間にどしゃ降りになり、視界を遮られた。 「バイキンマン、大丈夫〜?!」 マントを頭から被るようにして、自らとカゴを雨から防いでいたが、マントは既にぐっしょりと濡れてその意味を無くし、重くのしかかってきた。 菌も同じように、白衣の裾をひっくり返すように持ち上げて顔を覆っていたが、びしょびしょになっている。 ゆっくりながらもしっかりとした足取りで、少しずつ視界の悪い森の中を進んでいた菌が、 「・・・あれ?」 ふいに立ち止まり、声を上げた。小さな声だったがすぐ後ろにいた餡が声を聞き逃さない。 「どうしたの?」 「・・・・・・迷った・・・。」 「え・・・。」 菌は立ち止まったままキョロキョロと辺りを見回す。視界が悪いせいか、いつも目印にしている木が見あたら無かったのだ。 餡も同じように周りを見回して様子を探るが、不慣れな森の中、せめて飛べればそれも解決できるのだろうが、マントがびしょ濡れでそれがかなわない。 仕方が無く、餡がこのまま森の中で雨が止むまで待つことを考え出した時、菌がキョロキョロと視線をさ迷わせたまま動き出した。 「バイキンマン、無理に動くと危ないよ!」 「ん、大丈夫、なのだ。」 そう言って一歩踏み出した時だった。 「わっ・・・!!」 草がいっそう生い茂る場所で、雨で濡れた雑草に足を滑らせた菌が転び、転んだ時についた足がまるで落とし穴のような急な坂になっていたらしく、そのまま滑り落ちる。 「バイキンマンっ!」 餡は慌てて菌の腕を掴もうと手を差し伸べたが届かず、自身も坂に転がるようにして身を投じた。 雑草をなぎ倒し、バサバサと派手な音をたてて背で擦りながら落ちる。 坂を転がる途中で何とか菌の腕を掴み、引き上げたが滑り落ちる体は止まらず、餡は菌をかばう様に抱き込んだ。取っ手を腕に通してあったカゴは、岩肌にぶつかった衝撃で壊れ、ブルーベリーは辺りに散らばった。 「ひっ・・・?!」 しばらく転がった後に浮遊感を覚え、菌は抱え込まれた餡の身体を抱き返してぎゅっと目を瞑ると、抱き返してきた餡が息を呑んだのが分かった。 「うっ・・・!」 時間にすると恐らく一瞬の間だったのだろう。浮遊感の後に強い衝撃と、耳元に餡のうめき声が聞こえて、菌はどこかに落ちたのだと理解した。 息が詰まるような衝撃だった。 大粒の雨が容赦なく降り注ぐなか、菌は恐る恐る瞳を開けると、自分を抱きかかえていた餡の顔が目の前にあった。腕は菌の身体に回されてはいるが力がない。 「ア、アンパンマンっ?!」 菌が呼びかけると、眉間に皺を寄せて息の荒い餡がうっすらと瞳を開いた。 「・・・っう・・・。」 一時的に気を失っていたらしい餡が、意識を戻すと苦痛に顔をしかめた。 「どっか怪我をしたのか?!」 「・・・バ、イキン・・・マンは・・・?」 「俺様は平気なのだ!」 「そ・・・う、よか・・・た。」 問うているのはコチラで怪我をしているのは自分なのに、逆に気遣われていることに菌は苛立つ。息が浅くて荒い様子から相当酷い状態であろう餡に焦り、餡の腕をそっとのけて身体を起こして餡の怪我の具合を調べた。 「どこが痛い?!」 「う・・・ん・・・腕、かな?・・・全身、痛い・・・けど・・・平気、だよ・・・。」 「ドコが平気・・・!」 言いつつ、俯いた菌の目に紅いものが飛び込んできた。 菌の白衣の裾を染めているのは紛れも無く、餡の血だ。腕の辺りから流れている血は雨に流されて水の流れと一緒になって筋を作っている。落ちるときに出張っている岩か、地面に打ち付けられたときに肩を強打し、その衝撃で傷を負ったのだろう。 「アンパンマンっ・・・!」 「ん・・・?そんな・・・顔・・・。」 俯いて悲痛な表情をしている菌の頬に、餡の震える左手がそっと触れた。 「大丈夫、だよ・・・た・・・ぶん・・・。」 「餡っ!!!」 パタリと力の抜けた腕に叫ぶと、菌はキョロキョロと辺りを見回した。 10メートルほど離れたところに洞穴とも呼べそうな岩の窪みがあり、とりあえずこの体力と体温を奪う雨を逃れようと餡の身体を引きずるようにして移動した。 ザー・・・・・・。 「アンパンマン・・・」 横たわった餡の傍らに座り込んだ菌が小さく呟く。 白衣を固く絞って腕の部分を破って千切り、餡の腕を占めて簡単な応急処置をした。 止血した腕から、白衣を伝って血液がポタリと落ちていたが、2度ほど止血布を追加して腕を縛り、先ほどようやく出血は止まった。 餡は変わらず息が浅く、顔からは血色が失われている。 空洞になっている洞穴に、雨の降りしきる音が静かに響いた。 「アンパンマン・・・。」 再び呟き、顔を立てた膝の間に埋めた。 自分がもっとしっかり森の地理を把握していれば、こんな事態にはならなかった。餡がこんな怪我をすることも無かったのだ、とひたすらに自分を責めた。 新しい涙がボロボロと溢れては零れ落ち、嗚咽すら噛み殺して菌は静かに泣いていた。 「ん・・・寒・・・」 「!アンパンマン?!寒いのか・・・?!」 声がして咄嗟に顔を上げる。餡の意識が戻ったかと思ったが無意識らしい。 左腕を上げて何かを掴もうとしている手を菌が握ってやると、ぐいと引っ張られて菌は餡の左脇に倒れこんだ。 「あったか・・・ぃ・・・」 ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる腕に、されるがままに菌は餡の胸に顔を寄せた。 寄せた耳から、身体を通して餡の鼓動が聞こえた。トクン、トクンと、静かにだが確かに脈打っている。菌は怪我を刺激しないように、手をそっと餡の胸の上に置き、できるだけ餡の身体を温められるように寄り添った。 「大丈夫、大丈夫・・・」 言い聞かせるように菌は何度も呟いた。 耳に優しく響くお互いの鼓動に張り詰めていた緊張が解かれ、菌もいつしか眠りに落ちていった。 雨の音だけが、静かに響いていた。 続 ***************************************************** ありがちなストーリー展開ですみまっせーん。 でも実はずっと書きたかった話のうちの一つ。 そしてクランベリーは真夏に取れる実ではありまっせーん、すみまっせーん・・・!(笑) ス○パ○マンは雨に濡れても飛べるのにね(比べんなw) 長くなりそうす。続きます。 続く上に、内容がアレなので(ドレだ)テンションもあとがきも控えめにしておきます。 ココまでお読みいただきありがとうございました。 続きもよろしくお願いしまっす! 2006.10.3 |