I wish.... 3


 君はきっとこだわるんだろう。
 僕の立場や君の立場に。
 でも、そんなことよりも、大切なこと。
 そんなことなんかでは、誤魔化せないもの。
 ずっと前から気づいてた。
 
 こんなことをしても確かなものは得られないことは知っているけど。
 
 それでも願いを託してみる。
 色んな決意を秘めて、心をこめて。
 そして、君を想いながら。
 
 I wish....
 
 
 
 
「晴れてよかったねぇ。」
 間延びした口調で、誰へとも無く呟いたのは餡。
 まだ日が明るく暑い夕方、七夕祭り当日。
 広場には七夕や星にまつわる音楽が鳴り響き、露天も出ていて盛り上がりを見せている。
 子供たちが今日も元気に、広場で楽しそうにはしゃいでいた。賑やかな声が響く。
 たいていの男の子たちは学校帰りのそのままの姿だったが、女の子たちは浴衣を着ている子も居る。
 大きな笹にはまだまだ飾るスペースがあり、祭り最終日にもかかわらず飾り付けや短冊を持ってくる人も居たため、3人は祭りに参加しつつ笹の下で待機していた。
「俺、何か飲むものバタコさんにもらってくるよ。」
 あっちーなぁと呟き、辛がテント下で忙しくしているバタコを発見し、駆けていった。
 その後姿を見送って、餡と食は笹の木陰に誘われるように芝生に腰を下ろした。
「・・・そんなに心配なら見舞いにでも行って来れば?」
「あれ、そんなに顔に出てる?」
 明るい口調で、餡が答えた。
 確かに、餡は昨日からずっと菌のことを考えていた。
 しかし、そんなに顔や行動に出ていたのだろうか、と思う。
 穏やかな笑みさえ浮かべている餡を見て、食が呆れたように言った。
「・・・・・・お前が比較的楽観的な性格なのを忘れてた。」
 そうかな、と笑いながら言った餡の目線の先には、テント下でなにやら作業をしている飯の姿。
 ちらりと隣に座った色白の友人を伺うと、視線の先は同じのようだ。
「・・・・・・食こそ、おむすびまん一人にしといていいの?」
「・・・別に、今は不自由してない。」
 食の言い草がおかしくてぷっと吹き出した。
「不自由って・・・ふふふ。」
 俺のことはいいんだよ!と、食が照れたようにぶんぶんと頭を振った。
「・・・お前さ、結局短冊書いたの?」
「うん。書いたよ。」
「へぇ、何て?」
「秘密。」
 頭上でサラサラと葉が鳴る。日が暮れ始め、風が少し涼しくなってきた。
「食は?」
「一応、書いた。」
「何て?」
「秘密。」
 顔を見合わせてぷっと笑いあう。
 テント下から辛が飲み物を3人分手にして戻ってくるのが見えた。
「あいつは絶対バタコさん関係だな。」
「そうだね。間違いないよきっと。」
 クスクスと笑いあう食と餡に、怪訝な表情で戻ってきた辛が手にしていた紙コップを渡す。
「2人してなに笑ってんだよ?」
「いや、何でもないよ。お茶ありがとう。」
 餡は誤魔化すように渡されたコップのお茶を一気にあおった。
「もうすぐ劇始めるってさ。」
 特設されたステージでは、人が集まり始めていた。
「了解。」
 同じくお茶を飲み干した食は、2人とともに劇開始の準備を手伝うべくテントへと向かった。
 
 
 
 
 
「バイキンマン!!起きなさーい!!!」
「はひっ?!」
 自室、熱で気だるい身体をベッドに横たえて、言われたとおり昨夜から安静にしていた菌は突然響いた声に驚いて目をしばたかせた。
「もー、いつまで寝てるの?短冊書いた?」
 いつの間にか部屋に入ってきたドキンちゃんは、可愛らしい浴衣姿だ。
 白地に淡いピンクとブルーで描かれた紫陽花の模様が入っている。髪は結ってあって同じ紫陽花の小花の造花をあちこちに散らして飾りつけていた。
 ドキンちゃんは、知らず間にその可愛い姿に見とれていた菌のベッドに近寄り、被っていた布団を剥ぎ取ってしまう。
「え?あの、俺様調子悪くて・・・。」
「何言ってんのよ。七夕祭りは今日しかないのよ!!」
「ド、ドキンちゃん一人で行って来れば・・・。」
「一人で行くなんて嫌よ!一緒に行くのよ!!」
 いつも一緒に行ったとしても、一緒に祭りを見て回ったり、一緒に城まで帰ったという例が無いが、そう豪語すると手にしていた浴衣を壁にかけた。
 菌は、治まっていた頭痛が戻ってきたような気がした。
 恐らく、見せられたその浴衣は自分に着せるものなのだろう。
 紺色の地に盾のラインと桔梗の花が入ったそれはどう見ても女物だ。
「あら、短冊はもう書けてるじゃないの。ありきたりで面白みがないけど、無難なところだわね。」
 さらに運の悪いことに、机の上に書いたまま置きっ放しにしていた短冊を見られてしまったようだ。
「私も早く短冊を笹に飾ってお星様にお願いしなくちゃ!食パンマン様・・・!」
 こうなると手が付けられない。早々に観念した菌は、フラつく頭を抑えながら起き上がった。
「顔洗ってらっしゃい!」
「・・・はひ。」
 洗面所へと向かった。
 
 
 
 顔を拭いて、菌は鏡を覗き込んだ。
 いつもは白い顔が少し赤く、疲れや微熱が目の下のクマとなって軽く陰を作っていた。
 ドキンちゃんに施されるであろう化粧で、綺麗にカバーできる程度だ。・・・多分。
 昨晩から寝込んでいるおかげで当日は餡に会わなくて済むと思うと、正直ホッとした反面、少し寂しい気もしていたのだが。
「身体がだるいのだ・・・。」
 結局、祭りへ行くことになる己の身の不幸をこっそり嘆いた。
 
 
 
 
 
「食パンマン様〜〜!」
「げ・・・」
 ステージ上で設置や最終確認を確かめる作業をしているのを、待機している笹の下で見ていた食の元へ、甘い声が届く。
 隣に居た辛は声の主を確認するや否や、食が引き止める暇も無くそそくさとテントへと逃げた。
 こっそりと呟いて振り向くと想像通りの声の主が居た。
 営業スマイルで迎える。
「やぁ、ドキンちゃん。こんばんは。」
「こんばんは、食さま。私、短冊を書いてきたんです。飾ってもらえますか?」
「いいよ。」
 短冊を受け取ろうと差し出した手に、勘違いしたドキンちゃんはその手を重ねて来た。
 食は苦笑すると、後ろに回りドキンちゃんの身体を抱えて飛んだ。
「この辺でいい?」
「は、はいっ!」
 ドキンちゃんの声は嬉しさのあまり上ずっている。
「・・・やっぱり5枚も書いてきたの?」
 ドキンちゃんが手にしていた短冊にさっと目を通すと、5枚のうち4枚は食パンマンという文字が見えた。
 後の1枚は、彼女らしい美容に関することだった。
「はいっ。多いほうがどれか当たれば・・・と思って〜。」
 宝くじじゃないんだから・・・と内心突っ込みを入れた食は、ふと気になって
「今日はドキンちゃん一人で来たんですか?」
 同居人はどうしてるのだろうとふと思ったのだ。
「バイキンマンと一緒に来ましたけど。まだ森の中に居るんじゃないかしら?」
 全く気に留めてない言い草で言う。
「そう・・・。」
 短冊を全部付け終わったのを確認して地面に降りると、
「もうすぐ劇が始まるよ。観て行ってね。私は他に仕事があるから。」
「あっ、食パンマン様!」
 呼び止めようとするドキンちゃんの声には振り返らずに、テントの方へと慌てて駆けて行った。
 ドキンちゃんはそんな後姿を、ただキラキラとした瞳で見つめていた。
 
 
 
   
 
「おとうさま、わたくしはただこうして、機を織るだけで十分幸せです。」
 日もすっかり落ち、集まった人々はステージ前に集まって劇を観ていた。
 ステージ上ではピンク色の薄い布をまとった織姫に扮した役者が機を織っているシーンだ。
 辛はバタコさんと並んで観客席で劇を観ている。
 テント下で待機していた餡はテントから出ると、ふと空を見上げた。
 天気は良く、雲ひとつ無い空には星が黒い闇にさんさんと輝いていた。
 昨日のことを考えると、恐らく菌は来ていないだろう。
 懐にしまったままの短冊に服の上からそっと手を当てて軽く溜息をつく。
 毎年繰り返される劇も、毎年楽しく観劇していたが今日はなんだか劇に集中できない。
 芝生が昼間に吸い込んだ熱を放出しているようで、じわりと暑い。
 森の方からは、静かな空気が漂ってきていて夜の暗闇を濃く感じさせる。
 ぼんやりと笹を眺めると、笹の下で待機していた食が腕を組んで、隣に並んだ飯と劇を観ているようだった。
 飯が旅に出ているためにたまにしか会えないこの2人は、まるで織姫と彦星の様だと思ってみる。
 2人の間にはいつも見えない繋がりが見える気がする。帰ってきたら必ずパン工場に顔を出しに来る飯と、一緒に来る食に会う度に思っていた。
 それで寂しくないのか、と聞いてみたかったが食の機嫌を損ねるだけのような気がしたのでやめた。
 寂しくないハズはないだろう。
 ただ、食はその性格的にゆったりとしている方が合っているんだろうと思う。
 あまり物事に執着がなく精神的にも一見大人に見えるが、心の底では他人を拒絶しているのを知っている。
 そんな食にはマイペースを守れる相手というのが向いているのかもしれない。
 餡は劇の邪魔にならないように、そっとテント内のパイプ椅子を持ってきて芝生の上に置いた。
 ふんぞり返って腰掛け、夜空を仰ぐとバランスを崩した椅子が背中から倒れた。
「あたた。」
 背もたれのクッションのおかげでさほど痛くなかったが、起き上がるのも面倒で椅子とともに倒れたままの格好で、頭の後ろに両手をまわしてそのまま夜空を見ていた。
 自然の多く残るこの街の星は比較的綺麗に見える。
 綺麗だけど、星に願ってみたってやっぱり願いなんて叶わない。
 一年に一回とか数ヶ月に1回とか、それだけしか会えないなんて自分にはやっぱり無理だと思う。
 今でも週2回くらいは会っているけどそれじゃ足りないと思うし、昨日会ったばかりなのにもう既に足りない。
 会ってめちゃくちゃに振り回されたいし、振り回したいと思う。
 そんな風に思うことって、食はあるのかな・・・。菌は、あるのかな・・・?
「何やってんだよ?」
「あ、食パンマン。」
「食パンマン、じゃねぇよ。」
 いつの間に近くまで来たのか、椅子とともに倒れたままの餡を見下ろして呆れた顔の食と飯が居た。
「餡、ご利益、多少はあったんじゃないですか?」
 飯がニッコリと笑って笹の向こう、暗闇に包まれている森を示した。
「・・・え?」
 言われた意味が分からず、倒れていた椅子から横に転がって上体を起こし、示された方向を見た。
 良く目を凝らしてみると、人影があった。
「あ・・・れは・・・。」
 呟くのと同時に、身体が自然に動き出している餡を見送って、飯と食は顔を見合わせて笑った。
 
 
 
 
 餡がこちらに走ってきているのを確認すると、菌はその場で立ち止まった。
「バイキンマン・・・。」
「・・・・・・。」
 その姿は紺色の浴衣、髪は黒い長髪で、耳元に浴衣と同じ模様の花飾りを付けている変装姿だった。
 やはり、餡には利かない変装姿ですぐに見破られても、菌は慌てるでも戸惑うでもなく静かに餡を見ていた。
 菌の姿を見て餡は微笑んだが、昨日のことを思い出し、心配そうに菌を伺う。
 いつも色白な顔が、今は少し頬が赤い。
「バイキンマン、出てきて大丈夫なの?」
 餡は言いながら菌の額に手を当てた。
 手が触れる瞬間に少しビクっとしたが、されるがままにじっとしていた。
「まだ少し熱いみたいだよ。」
 菌はそっと首を振って不調を訴えた。
「少し、フラフラするのだ・・・。」
「どうしてそんな体調なのに出てきたの?」
 少し怒ったような口調だったが、説明が面倒で黙りこくっていた菌に餡は勝手な解釈をする。
「あ!もしかして僕に会いに来てくれたの!?」
「は?!ち、ちがうっ!」
 嬉々として、今にも抱き付いてきそうな餡を避けようとするが、急に動いたせいで足元がもつれ、地面にひざがつく前に餡に支えられた。
「大丈夫?・・・あ、短冊・・・。」
 よろめいたときに後ろ手に回していた手をとっさに付こうとして、隠し持っていた短冊が手を離れて地面に落ちた。  菌はそれを慌てて拾う。幸いにも、短冊はこちらには背を向けて落ちたので文面は見られていない。
 ・・・見られても、困ることは書いてはいないが。
「僕もまだ短冊飾ってないんだ。飾ろうか?」
「え、ちょっ・・・わわっ!」
 返事をする前に、前から子供を身体を抱きかかえるようにして抱かれ、宙に舞い上がった。
 浮遊の感覚から慌てて餡に抱きつくが、はたと思い直して抵抗しようとして落ちそうになり、結局餡にしがみつく格好になってしまった。
 その様子がおかしくてクスクス笑う餡の頭を、軽く殴ってやった。
 笹の一番先、てっぺん付近にくると、餡はひざの上に菌を乗せなおした。
「ねぇ、願い事何書いたの?」
「あ、こっ、コラ!」
 落ちないように菌は手が離せないのをいいことに、餡は菌の手にしていた短冊をするりと抜き取って見る。
 そこには『餡をやっつける』と書かれていた。
 菌の手に短冊を戻してやりながら、餡は悪戯っぽく笑う。
 気づいてないだろうけど、と心の中で言ってから、
「もうとっくの昔に、君にはやっつけられてるよ。」
「・・・は?」
 首をかしげて怪訝な顔をする菌を、餡は見つめた。
 優しくて、深い茶色い瞳に捕らえられる。
「き、貴様は何を書いたのだ?」
 菌は顔が熱くなってくるのを感じて、慌てて目を逸らし、話題をふる。
「僕?・・・見たい?」
 もったいぶるのかと思えば、あっさりと胸ポケットから短冊を引っ張り出してきた。
 そこには『バイキンマン』とだけ書かれていて・・・。
「・・・???」
 手渡された短冊に書かれた意味が分からなくて、餡を伺うとニッコリと微笑まれる。
 そしてその瞳は真剣な色に変わり、再びじっと見つめられる。
「今日も君に会えて嬉しいよ。ねぇ、バイキンマン、聴いて。」
 ドキン、と心臓が鳴った。
 逃げ出したい衝動に駆られるが、見つめられた瞳から目が離せなくて、眼下で繰り広げられている劇の音も、弱々しい風を受けてサラサラと涼しげな音を立てる笹の葉の音も、夜空に輝く星の光も感じられなくなって、五感のすべてが綺麗な琥珀色の瞳に吸い込まれてしまったかのようだ。唯一つ、心臓だけがドキンドキンと、やけにうるさく響く。
 ほんのりと紅い餡の唇がゆっくりと動く。
「君が好きだよ。」
 静かにささやくように言われた言葉は、理解するより先に身体に沁み込んでいったような気がした。
 感覚で理解して、頭で理解できずに、菌は見つめられるままに餡を見つめ返す。
 あいかわらず、しんぞうが、うるさい・・・。
 餡は菌の長い付け髪を引っ張って取ると、現れた短い黒髪の顔を愛しそうに再び見つめ、
「僕はバイキンマンが好きだ。」
 頬を上気させた菌が身じろぎもできずにいるのをぎゅっと抱きしめた。
「あ、餡っ・・・放っ・・・!」
 驚いて我に返ってもがいたが、鎖骨あたりに寄せられた餡の柔らかい髪が、くすぐったい。
 まるで子供のように抱きついてくる餡に、空中であることもあって身動きがとれず、しばらく抱きしめられたまま、じっとしていた。
 触れ合った部分から、心臓の音がドクンドクンと聞こえていたが、それが自分のなのか餡のなのか、分からなかった。
 なぜかこみ上げてくる涙の意味が分からなくて熱のせいにしてしまおうと思ったところ、頭がクラクラしてきて目の前が暗転した。
 あたまが・・・かおが・・・あつい・・・。
「バイキンマン?大丈夫?バイキンマン!?」
 自分を呼び身体を揺さぶる餡の声が、遠くに聞こえた。
 
 
 
   
  続



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こんなトコで終わんなって感じですね・・・笑
そして・・・砂はきそうですね!!笑 皆さん、遠慮なさらず吐いてください今のうちに・・・!笑
 
ヒーロー3人の会話は書いてて楽しかった。この3人の会話書くの好きですねー。
なんだか辛が微妙にハミってるんですがね。
餡と食なんかはあまりに仲よさげなので、書いてる途中で、どうしよう・・・!これって餡→食っぽくないか?!と思いましたがあえてそのままにしときましたw
餡と食の間に流れているのは紛れも無く、友情ですんでそこんとこよろしく!w
ていうか、そもそもうちの設定のこの2人じゃ絡みようがないよ・・・笑
あ、でも喧嘩とかさせたら楽しそう(笑) ネタ思いついたら書いてみようかな。
う〜〜〜〜ん、、、・・・喧嘩しそうにないな、この2人・・・(^^;)
ていうか、餡食もしくは食餡って結構にマイナーですかね・・・?!
ある意味飯食よりも希少な気がしてきました・・・。(つか、私的には飯食は王道ですが!何か!w
 
 
 
あと少し、I wish.... 4(オマケ文みたいなモンです・・・超短文)でやっと完結?します!
そっちもよろしくです!
ココまでお付き合いくださりありがとうございました!
 
2006.7.7