難解なココロ


「はひ〜〜・・・。」
「あら、バイキンマン。」
 おぼつかない足元でバイキン城のドアを開けると、出かける予定だったのか花柄のワンピースに身を包んだドキンちゃんが軽やかな足取りで出迎えた。
「ま〜たアンパンマンにやられたの〜?」
 遠慮のない物言いのドキンちゃんに、毎度の事ながら言葉を詰まらせる。
「ぅ・・・。ド、ドキンちゃんこそ、出かけるの?」
「ええ。食パンマン様と約束してるの〜!」
 手を胸の前で組み瞳をキラキラさせ、あさっての方向を向いて上ずった声で語る。
 ドキンちゃんの服装からそんなところだろう、と思っていた予測が当たり、バイキンマンは落胆の溜め息をついた。
「・・・お、俺様一応ドキンちゃんのこと・・・。」
 ボロボロになってすり傷だらけで帰還した自分と、めかし込んでキラキラしているドキンちゃん。
  菌はバイキン城出入り口に設置された全身鏡に映る相対するその姿に気づいて、鏡から目を背けた。
 あまりにも嬉しそうなドキンちゃんの表情に、文句の一つも言ってやりたくて発した言葉は尻すぼみになって口の中で消えたが、目の前の少女は聞き逃さなかった。
「バイキンマン、それは想い違いってヤツだわ。」
 先ほどまでの上ずった表情から一転、厳しい顔で菌と向き合う。
「そ、そんなこと・・・!」
「あるわ!わかってないだけよ。」
 ごにょごにょと反論しかけた菌を押し戻す勢いで、腰に手を当てて身を乗り出す。
 菌はその迫力に推されて一歩身を引いた。
「あんたは私にとって友達以上に想えない。でもそう言われてもちっとも辛くないし、苦しくもないでしょ?」
「そ、そんなことは・・・。」
「あらやだ、待ち合わせの時間に遅れちゃうわ。」
 腕にしたブレスレット風の時計を見て、突然180度変わったドキンちゃんの声、表情、態度に、菌は力が抜ける。
「じゃあね、バイキンマン!」
「あ、あの・・・。」
 台風一過。
 まさにそんな感じで、ドキンちゃんが出て行った後には静けさが漂う。
 ドキンちゃんを追うようにして出された菌の手が所在無さげに宙をさ迷い、溜め息と共に下ろされた。とたんにどっと疲れも傷の痛みも出てくる。菌は重い身体を引きずるようにして自室まで戻った。



 ベッドに突っ伏して一眠りした後に目が覚めた。
 まだぼんやりする頭で、先ほどドキンちゃんに言われたことが思い出される。
「友達以上・・・・・・?」
 ただの友達だったとしても、ドキンちゃんが自分を好きでいてくれるのならとりあえずはそれでいい、と思う。実際、好きな人(=恋人)と好きな人(=友達)と、どんな違いがあるのか微妙すぎて菌には難しい。
 ドキンちゃんが嬉しいと自分も嬉しいし、悲しいと自分も悲しい。
 そこには確かにドキンちゃんの言うように、辛くも苦しくもない。ただそれだけだった。
「てて・・・。」
 寝返りを打つと、打ちみや捻挫の所為で身体のあちこちが痛んだ。
 特に、腕に鈍い痛みを感じて手を持ち上げてみると、右腕の手首の下から肘にかけて長い擦り傷になっていて患部は血が滲んで、傷に沿って細く赤く腫れてみみず腫れになっていた。
 いつものようにアンパンチで飛ばされた時、森の中で巨木にぶつかった時に枝に引っ掛けたのを思い出す。
 色白のその肌に、赤い傷は通常よりも痛々しく感じられる。
「くっそー、アンパンマンめ・・・。」
 パンチを食らう直前の無表情な餡の顔を思い出し、懲りない負けず嫌いな菌は軋む身体にお構いなく比較的軽やかな動作で机に置いてあった分厚い本を手にし、ラボに向かった。







―――翌日。
「やい、アンパンマン、勝負だっ!!」
 広場のある公園を抜けて学校へと続く道、餡はミミ先生と並んで歩いていた。
「きゃ〜〜!」
 ミミ先生は菌の姿を確認すると途端に悲鳴を上げる。餡は菌のセリフにも先生の悲鳴にも動じずに、菌の姿をチラと見ると先生に向き直って言った。
「落ち着いて下さいミミ先生。荷物は任せても大丈夫ですか?」
「え、ええ。」
「僕はバイキンマンの相手をしてきます。早く安全なところへ・・・学校へ帰ってくださいね?」
 持っていた書類を落とさないように、そっと先生に渡す。
「わかったわ、アンパンマン。気をつけてね・・・ありがとう。」
 荷物を渡された時に触れた手を名残惜しそうに触って、何か言いたげな瞳を餡に残して小走りに学校へと向かう。
 そんな一部始終を見ていた菌は、
―――気に食わないっ、気に食わないっ!、気に食わないのだ〜〜〜!!
 バイキンUFOの中でぶつけるところのない拳を作って顔を真っ赤にして怒っていた。
―――だいたいあの女っ!手ぶらだったじゃないか!何でどうして餡が荷物運びなんて手伝っているかさっぱりなのだ・・・!!!
 小走りに去るミミは、何度か立ち止まり振り返っている。その姿は菌をさらに逆なでする。
「むっ、ムカつくのだーー!!!」
「何がムカつくの?」
 思わず口に出して叫んでいた菌は、間近で聴こえた声にはっと我に返る。
「やぁ、バイキンマン。」
 ニッコリ笑ってお決まりのセリフで迎えられた。ふわふわと宙に浮いて腕を組んでいる餡の周りを風が緩やかに吹いてマントがなびいた。
 餡はその時初めて後ろを振り返って、ミミが学校へと着いたのを確認して軽く溜め息をついて呟く。
「正直、助かったかも・・・。」
「は?」
「何でもないよ。で?昨日の傷はもう治ったの?」
 まじまじと見つめてくる餡に、菌は慌ててUFOごと後ずさり、臨戦態勢に入る。
「てっ、敵の心配してんなっ。今日は新兵器を貴様にお見舞いしてやるっ!」
 菌はUFOをたくみに操ると、UFOの触手から伸びた機械の手で大きなボトルを手に、飛んで逃げ回る餡目がけて振り掛ける。ボトルの口は、穴が何点か空いていて触手を振るたびになにやら粉のようなものが飛散していた。
「待て待て待て〜〜!こんのぉ・・・!」
 いつものごとく、ヒラリヒラリと攻撃をかわす餡に悪態をつきながらボトルを目一杯振り回すが、闇雲に振られ続ける粉はすぐに底をついた。
「あれ、もう無くなった?!じゃあこっちの予備ので・・・!」
 言うと、菌はUFOの中から同じ形の小さいサイズのボトルを取り出し自らの手で持つと、ブースを開けたまま餡を追い始めた。
「待て待て〜〜!!」
「やだね。っていうか、片手運転は危ないよ?」
「余計なお世話!!」
 追い掛け回してもスイスイと逃げ周り、涼しい顔色そのままの餡に気遣われるという侮辱を受けた菌は、ムキになってスピードを上げた。
「んー・・・埒が明かないなぁ・・・。よし。」
 餡は呟いて、気づかれないようにスピードを落とした。予想通り、UFOがどんどん迫って来る。
「よっ。」
 あと一歩のところまで菌を引きつけた餡は、ここぞとばかり空中で上方向に螺旋を描いて回転した。餡を追いかけるのに夢中だった菌はブースが開いていることをうっかり忘れ、同じく空中で1回転した瞬間、身体が宙に投げ出される。
「えっ・・・えええっ?!」
 慌てて足を掻くが、空気を切るばかりで、身体は重力にしたがって地面に近づいている。
 途中、自身の振りまいた粉が空気中に残っていたのか、鼻を刺激される異臭にくしゃみと鼻水が止まらずに、逆さまに落ちる感覚だけがリアルに迫っていた。くしゃみと鼻水と、涙まで出てきてもうワケがわからない状態になっていた菌にかかる重力が、急に変わる。 その不快感に声を上げた。
「ふぁぁぁっ・・・・ぁ・・・?」
「間に合った、と。大丈夫?」
 地面に叩きつけられそうになった瞬間に、空中で餡に抱きとめられたのだった。
 餡は菌を横抱きにしたまま地面に降り、膝を突いて菌を地面に座らせた。
「うぇっ・・・くしゅっ・・・」
「何これ、胡椒・・・?」
 言葉も発せられない菌の様子に、降ってくる粉を推測して呆れたように問いかけるが、菌はマトモにも喋れない。
 かろうじて餡の膝の上から転がるように降りたが、地面に顔を突っ伏して苦しそうにしている。
「ぐしゅっ・・・こ、このっ、アっ、アンパンっマっ・・・ぐしゅっズビ・・・ゲホゲホ。」
「バカだなぁ、バイキンマン。こっち来て。」
 頭はいいのにね、と付け加えてうずくまっている菌の腕を引っ張り、座らせた。
 実際、バイキンUFOを作ったり、新しい武器を開発したり、学問的に優れているのだろうが、どうしたことか実践となるとヘマばっかり踏んでしまうのだ。そのため、負けず嫌いな性格も手伝っていつも餡が勝利→再挑戦という無限ループを繰り返している。
「ぐしゅっゲホゲホっ・・・むぐっ!」
「あーあ、顔ぐちゃぐちゃ。」
 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている顔を抵抗されるより先に、餡は自らのマントで拭いた。小さな粉がまぎれた髪も、軽くはたいて手ぐしで整えてやると、艶やかな黒髪が光を取り戻す。
「ほら、鼻かんで。」
 菌は涙でぼやける視界に差し出されたティッシュペーパーをおずおずと受け取ると鼻をかみ、涙も拭いたらやっとまともに息をすることも出来るようになった。
「は、はぁ。苦しかったのだ。ゲホゲホ。」
かすれる声で呟く。
「全く、自分で被っちゃうなんてバカだよね。」
「なっ、アンパンマンっ!」
 苦しさの余り餡と戦闘中だったことをすっかり忘れ去っていた菌は慌てて後ずさり、逃げ腰になる。
「あ、手。怪我してる。」
 指を差して捨て台詞の一個でも吐いてやろうと思っていた寸前に餡に突っ込まれて言葉を飲み込んだが、餡はお構いなしに、菌の出された腕を掴むと引き寄せてポケットから絆創膏を取り出した。
「あっ・・・!」
 予期せずに腕を引っ張られてよろけて膝をついた。
 餡は、菌の腕に走った長いみみず腫れを見つめて顔をしかめる。
「これ、昨日のだね・・・?」
「さ、触るななのだっ!」
「ダメだよ、ちゃんと消毒した?」
 言うが早いか、何処に隠し持っていたのかマキ○ンを取り出して傷口に吹き付けた。
「☆★◎×$□▲っ・・・・・・!!!!」
 声にならない悲鳴を上げて菌は歯を食いしばって耐えている。
 元々肌があまり強くない上に、過敏に痛みを感じ取ってしまうため、菌は消毒液は大嫌いだった。いつも水で軽く流した後に超低刺激性の軟膏をそーっとそーーーっと塗っていたのだ。
「あ、ごめん、そんなにしみる?でも我慢してね。」
 無慈悲にもサラリと言い放つと、餡は腕以外の傷にも手際よく絆創膏を貼っていく。
 痛みの所為で菌は動けないで、されるがままだ。身体が固まって指一本も動かせない。濃い紫色の瞳は餡への文句で溢れていたが、声すらも出て来なかった。
「とりあえずこれでよし、と。」
 見えるところの傷は、と付け加えた餡は、残っていた絆創膏を菌の手に持たせた。
「これ、あげる。傷になってごめんね。綺麗に治るかなぁ・・・。」
 餡は最後ヒトリゴトのように呟いて、菌の白い腕や首筋などを心配そうに見た。
 白くて透き通るような綺麗な肌の菌。出来れば傷跡なんかは残って欲しくない。
「・・・・・・こ・・・のっ、アンパンマンっ!」
「ん?」
 やっと話せるようになって悪態をつこうとするが、優しい眼差しを向けられてひるむ。
「うっ、こっ・・・この恩はソッコー忘れてやるからなー!!!」
 相変わらずの言い草で、いつものキメ台詞?ばいばいき〜ん!と言いながら道端に墜落していたバイキンUFOのに乗って、黒い煙を吐き出しながら去っていく。餡はそんな後姿を見送って穏やかな表情で目を細めた。
「できれば覚えていて欲しいけどね。」
 今日も菌と会えた。そんな些細な事が嬉しくて、餡は日の沈みかけた公園を後にした。





「はぁ?また負けたの〜?」
 もう日もとっぷり暮れた頃、やっとの思いで帰城した菌を出迎えたのは、既に部屋着に着替えたドキンちゃんだった。
「う、うるさいのだっ。」
 満身創痍という表現のピッタリ合う菌の姿を見て、呆れた声を出す。
「あら、何この絆創膏?可愛い!」
「え?」
 ドキンちゃんに言われて今更気づいた。絆創膏にはピンクの花の模様がプリントされていた。
「こんなのあるんだ〜。可愛い!ね、頂戴!持ってるんでしょ?」
「い、いや、持ってないのだ。使い切ってしまって・・・。」
 菌はとっさに、餡に渡されて手に握り締めていたモノをそれと悟られないようにポケットに突っ込んだ。
「えー?!独り占めしたの、バイキンマン!!」
「こ、今度買ってきてあげるのだっ・・・!」
 怒り出すドキンちゃんから逃げるように自室へと飛び込んだ。
「きっとよ〜?!」
 全く、とブツブツ言いながら遠ざかるドキンちゃんに聞き耳を立てる。
 足音と共に、どこかの、恐らくドキンちゃんの部屋へと通じるリビングの扉が閉まった音を確認してから、菌は先ほど隠した物をポケットからそっと取り出した。
 幅の薄い箱に入ったそれは、全部で10枚。机の上にばらばらと出して並べてみると、黄色や緑やオレンジ色でプリントされたものもあった。 その可愛らしい模様にしばし沈黙した菌は、ふと気づいて自分の顔を鏡に映してみる。
 改めて見る、頬と額、鼻に張られた絆創膏の自分とは不釣合いに可愛らしい様に眉根を寄せて頬を引きつらせた。
「・・・どんな趣味なのだ・・・。」
 言いながら、並べていた絆創膏をしまおうと箱を見ると、なにやら引っかかっているのに気づく。
 絆創膏とは異なる大きさの紙が、箱の折り目に引っかかっていた。破れないように指を差し入れて取り出すと、それはメッセージカードだった。


――バイキンマン、傷は治った? 少しでも早く治るといいね。餡より


 ・・・・・・つまり、コレは初めから菌に手渡すつもりで持っていたのだろうか?
「・・・・・・・・・。」
 菌はカードを手にしたまま、固まるように考え込む。
 何故、敵に心配されているのだろうか。何故、敵に手当てされているのだろうか・・・。
 そうされても、嫌悪感とか、危機感とか、湧いてこないのは何故だろう・・・?
 餡の行動もわからないけれど、自分の気持ちも良くわからない。
 複雑な数式ならどんなに難解でも解いてみせる自信はあるのに、こういうことはさっぱりわからない。
「ぅ〜〜・・・。」
 考えれば考えるほど顔に皺が寄りそうで、頭がパンクしそうで、算数のように答えを引き連れていない問題は苦手だった。
「やめ!考えるのやめ!!」
 それまでの考えを振り払うように目前の空気をパタパタと手で仰ぎ、箱にカードと絆創膏を乱暴につめると机の引き出しに放り込み、その勢いでベッドに飛び込んだ。
 飛び込んだ時に腕に鈍い痛みが走ったが、昨日からあまり眠っていなかったことを思い出すと途端に身体が休息を求め、意識が遠のいていった。




 菌は夢を見た。
 夢の中でも餡に手当てをされていた。
 目が覚めてからそれが現実だったのか夢の話だったのかしばらく混乱した。
 眠りが深かったことと、患部の痛みが不思議と引いていたからだ。
 が、傷跡に貼られた絆創膏と引き出しに入れた箱を見て覚醒することになる。








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なんだこの終わり方・・・(汗) 文章が全くダメぽですな!(`Д´)
でももうどうにもならないので無視してみました(泣)
てゆーか、餡も菌も受けみたいだ・・・。
やっと更新したってのにコレですかぁ?!w すんませんwwww
てゆーか、てゆーか、菌の瞳を紫色にしてしまったのは、別に他意はないよ(笑)
イメージでは、喪服の黒みたいな色です。光の程度でちょっと紫っぽく見えるの。


・・・むしろぐっちょんぐっちょんの餡菌エロが書いてみたいんだけど、(むしろって何だよ)
この調子じゃいつになるのかって感じですねー!笑
いつものパターンだよ。ヤケにほのぼのしちゃうからそういう雰囲気にならなくて〜〜(ー_ー)
ってこんなこと言っていいのか(笑)


いっそ無理矢理いく?いく?餡?

って、何頭沸いてんだ俺w

おかしくなる前に退散します(><)(いやもう十分おかしいから)

ココまで読んで頂きありがと〜ございます!


2006.6.23