夜の覚めるとき4
〜 目覚め 〜



目が覚めると、心配そうな顔の菌が僕を覗き込んでいた。
 
記憶の定まらない思考の中で
 
長い間眠っていたことだけは何故か覚えていて
 
目覚めて一番はじめに見るのが菌の顔で
 
僕は少し嬉しくなった。
 
「・・・おはよう」
 
掠れる声で、微笑みながら呟くと
 
菌の目から、涙がこぼれ落ちた。







夜の覚める時4 〜目覚め〜









 菌が目覚めてからさらに丸2日、つまり、僕は丸4日も眠り続けていたらしい。
 1週間が経ち、添え木に固定された右腕は動かそうとするとまだ痛みが走るが、痛みを感じることに少しホッとしながら、パン工場内をうろうろできるくらいには回復できた。
 同じく酷い怪我をしていたはずの菌の具合は、思っていた程悪くないようで、あちこちに青痣が残っているものの痛みはほとんどなくなっているようだった。
「・・・・・・ねぇ、菌。」
「なんなのだ・・・?」
 少し遅めの昼食を、パン工場のリビングで僕と菌はとっていた。
 バタコさんやジャムおじさん、辛は既に仕事へと戻っている。
「何でパン工場にずっといるの?」
 菌の作ってくれたお粥をすすりながら、ずっと疑問に思っていたことを口にする。
 いつもなら少しぐらい具合が悪くても、バイキン城へとさっさと帰ってしまうのに今はどうだろう。日中はジャムおじさんの手伝いやバタコさんの手伝い、そして僕の世話までして、毎晩僕の部屋に設置されたベッドで眠る。まるで住み込みで働いているかのようだ。
「・・・別に・・・・・・。」
 菌は困ったような顔をしてそっぽを向いてしまった。
 顔を逸らす間際に、チラリとその瞳に右腕を映したのを見逃さなかった。
「・・・腕のこと気にしてるの?」
 菌は僕の右腕に視線を戻して、申し訳なさそうな顔をした。
「まだ・・・痛むのか・・・?」
「・・・うん。痛みはね。まだあるけど・・・。」
 じっと見つめているとその視線に気づいたように顔を上げたが、すぐにまた俯いてしまった。少しだけ、その頬が紅い。
「僕の腕が治るまでココにいるの?」
「・・・わからないのだ・・・。」
 あやふやな回答に、餡は首をかしげた。
「コレに責任感じて看病してくれてるんじゃないの?」
「・・・・・・せ、責任は感じてる・・・けど・・・それだけじゃ・・・ないのだ・・・と思う・・・。」
「・・・・・・。」
 歯切れの悪い菌の答えにますます首を傾げる餡だが、その顔が耳まで赤くなっていることに気づく。
 菌は誤魔化すように、手にしているスプーンでお粥をすくって食べた。
 てっきり、この右腕に責任を感じて看病と世話を続けていると思っていたのだが。
 では菌は何故パン工場に居座っているのか?
 都合のいい答えしか弾き出せない。
「バイキンマン?」
 俯いたままの菌の顔を見たくて、餡は自由に動かせる左腕を伸ばしてテーブル越しに菌の頬に触れると、顔を上げさせた。
 抵抗もなく視線が絡む。
 ほんのりと紅い頬で、困ったように潤んでいる菌の瞳をじっと見つめながら、餡はその距離を縮めた。
 菌はされるがままに見つめ返しながら、息が触れるほどに近くなり瞳を閉じようとした時だった。
 
―ガチャガチャ・・・
 
 玄関のドアが音を立てて開く音に菌が我に返ると、餡の左腕を慌てて振り払い、顔を思いきり背けた。
「バタコさん居る〜?配達のことで聞きたいことがあるんだけ・・・ど?」
「バババ、バタコさんはコココにはいいい、居ないのだっ!」
 左手をテーブルに付き憮然とした表情の餡と、椅子を立ったり座ったりを繰り返し、顔を真っ赤にして可哀想なくらいに動揺している菌を見比べて、
「・・・何やってんだ、餡?」
十二分に意味を含ませてニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながら、リビングに現れたのは、食だった。
 
 
 
 
 
   
 
 
「え?城へ帰る?」
 オウム返しに聞き返したバタコのセリフに、菌はこくりと頷いた。
 ジャムと辛、そして餡も揃っていた夕食時のことだった。
「えー菌帰るの?」
 いかにも不服そうに餡が顔をしかめて抗議した。
 そんな大人気ない餡を見てバタコがクスクスと笑い、
「でももう餡もこの通り元気だものねぇ。」
「その通りだぜ。でもジャムおじさんの実験は手伝いに来るんだろ?」
 サラダを食べながら、辛が問う。
 餡が目覚めるまでの間、自身の怪我が治ってからはジャムと共にラボに篭っていることもあったのだ。
 そしてジャムからの提案もあった。
 もういたずらはやめること、ジャムの手伝いをしながら町の人たちの役に立つこと。
「そのつもりなのだ・・・。」
「そうしてもらえると助かるね。」
 ジャムが朗らかな笑顔で頷いた。
「・・・ふ〜ん、いたずら止めちゃうんだ菌・・・。」
 面白くなさそうに餡が呟く。
「あら、餡、寂しいの?いたずらは止めちゃうけど、菌とは毎日会えるんだからいいじゃないの。」
「ん〜・・・・・・。」
 じっと餡に睨まれるように見つめられて、菌は手にしていたお茶の入っているコップを落としそうになった。
「あ、でもちょっと待って、菌。」
「?」
「メロンパンナちゃんたちが来るのって明日じゃなかったかしら?」
 バタコが椅子から立ち上がり、カレンダーを確認する。
「ああ、そういえば明日だったね。」
「何時ごろなんだ?」
「昼過ぎって言ってたわ。」
「・・・・・・。」
 カレンダーを眺めて頷きあうジャムとバタコ、辛、それに事情を知ってるようなそぶりの菌を交互に見比べて、餡が首をかしげた。
「ねぇ、メロンパンナちゃんたちが来るって・・・?」
「ああ、そうだわ。餡にはまだ話せてなかったわね。」
 バタコがパタパタとスリッパを鳴らして、再び席につく。
「ロールパンナちゃんの病気は知ってるわよね?」
 餡は頷く。
 ロールはジャムの親戚筋に当たり、餡は会ったこともある。
 餡とは同い年で、亜麻色の長い髪で物静かな美人だった。
 不治の病で闘病しているという話を聞いたことがあったが、見かけからは病気だとは思えない。
「今度ね、入院して治療することになったの。それでメロンパンナちゃんとクリームパンダちゃんがうちで一緒に暮らすことになったのよ。」
 メロンとクリームは以前から良くパン工場に遊びに来ていたこともあり、餡お兄ちゃん、辛お兄ちゃん、と呼びよく懐いている。
「明日からかぁ。賑やかになるぜ・・・。」
 少し遠い目で辛が呟いた。
「ロール、そんなに具合が悪いの?」
「悪いというかね、以前からちゃんと治療したいとは言ってたんだよ。ただ病院の開きがなくてねぇ。」
「やっと病院の開きが出来たのよ。明日はロールパンナちゃんも来るわ。パーティーやりましょって話をしちゃったの!」
 ニッコリと微笑みながらバタコが菌に振り向いた。
 嫌な予感が当たる。菌は顔を引きつらせながら、観念したようにうなだれた。
「・・・・・・つまり手伝え、と・・・?」
「ご名答!私一人じゃ手がとても足りないわ。菌が明日までパン工場に居てくれると助かるんだけど。」
「わかったのだ・・・」
 菌は早々に諦めて承諾したのだった。
 
 
 
 
 
 思ったよりも回復の早い餡だったが、夜になると熱を出す時もあった。
 風呂上がり、ベッドのある餡の部屋へと戻った菌は、既に布団に入っている餡の頬が赤く、ぼんやりとしているのに気付き、ベッドの枕元に膝を突いて餡の額にそっと手を置いてみるが、風呂上りの自分の手の方が熱かった。
「痛むのか・・・?」
「・・・んー、少しね。」
 だるそうにゆっくりと瞬きをして、問いかけに曖昧な返事をして、薄く微笑む。
「・・・菌はメロンパンナちゃんたちに会ったことあったっけ?」
「・・・ないのだ。」
 台所に熱さましのための氷水とタオルを取りに行こうかと思案していた菌に、ぼんやりと空を見つめていた餡が視線を合わせた。餡は、ニヤニヤとも、微笑むとも付かない表情で笑っている。
「そっか〜・・・。ふふ、覚悟、しておいた方がいいよ。」
「・・・は?覚悟?」
「うん。」
 菌が目を見開いて餡を見ているその姿が面白くて、餡はクスクスと笑いがこみ上げているようだった。怪訝な顔で餡に尋ねるが、笑うばかりで。
「・・・どういう意味・・・」
「ふふ、明日のお楽しみ・・・。うー、痛い。」
「腕が痛むのか?」
「いや、頭・・・。熱で頭が痛い・・・。」
「じゃあ氷水を・・・」
 目を閉じて眉間にしわを寄せる餡に慌てて、菌が台所へ向かおうと立ち上がった時だった。
「菌っ・・・ココに、居て?氷水はいいから・・・。」
 餡は、これまで菌が見たことの無い、不安を浮かべた表情で手を差し伸べた。
「・・・わ・・・かったのだ・・・。」
 そういって、菌はおずおずと差し出された手を握り返した。
 それに満足したのか、餡はニコリと笑うと目を閉じ、すぐに寝息を立て始めた。
 いつも強引だけど笑っていて明るい餡に、こんな表情をさせてしまっているのは自分が負わせた怪我のせいなのだと思うと悲しくなってきて、目を伏せた。
 しばらくして、菌は餡が眠っているのを確認すると繋いでいた手をそっと外し、氷水を取りに台所へと向かった。
 
 
 
 
 リビングへ降りると、台所ではバタコが後片付けをしていた。
「あら、餡が熱を?」
 事情を話すと、氷を用意してくれた。
 菌はバタコを手伝いながら、ふと先ほど餡に言われたことが気になる。
「明日・・・。」
「うん?」
「その、メロンパンナちゃん・・・って・・・どんな子なんだ?」
「そうねぇ。明るくて優しくていい子よ。突然どうしたの?」
「・・・餡が・・・覚悟した方がいいって・・・。」
 その答えに手を休めずに答えていたバタコの動作が止まり、菌を見つめた後、ぷっと噴出した。
「・・・・・・・・・。」
 餡と同じような反応で笑うバタコに、菌は理由も分からず不安になる。
「あっははははは、そうね、確かに覚悟しておいた方がいいわ。
 餡はメロンパンナちゃんとクリームにとって、憧れのお兄ちゃんだからね!」
「憧れのお兄ちゃん〜?」
 菌が胡散臭そうに繰り返す。
「餡はあれで人当たりがいい性格してるでしょ。優しい子だし。
 特に餡は子供達には好かれやすいみたいだしね〜。」
「・・・・・・・・・。」
 ――どこが優しいのだ・・・。我侭で強引で俺様の話なんてちっとも聞きやしないのだ・・・!
 思いながら菌は、憮然とした表情になる。
 そんな菌の心情を察したのか、バタコがふと神妙な顔つきになった。
「でもね、それは表向きの顔なの。人助けの仕事なんかしてるからか、ポーカーフェイスなんかも上手くなっちゃってね。菌、あなたの前で見せてる顔が本当の餡だと思うわ。」
「・・・なおさらタチが悪いのだ。」
 嫌そうに呟く菌に、バタコは優しく笑った。
「ふふ。あなたは餡のこと迷惑?私は餡にも菌のような人が居てよかったと思うの。」
 そういうバタコの瞳は慈愛に満ちていて、菌は懐かしい感覚に陥る。
 ずっと昔、自分にも向けられたことのある眼差し。でも今の今まで思い出しもしなかった。
 それを誰かに向けるということさえも、考えたことが無かった。菌が持ったことの無い感情を、バタコは今、語っている。その感情は、餡に向けられていることをひしひしと感じる。
「・・・なんでそこまでアイツのことを?」
 その感情が不思議で、菌は思わず聞いた。
「そうね。餡だけじゃないわ。辛も食も、私にとっては家族、弟みたいなものだもの。
 幸せになって欲しいだけよ。」
「家族・・・。」
 頷いてニッコリ笑うバタコが、ふいに笑みを消すと、じっと菌を見据えて真剣な眼差しをしていた。
「・・・でも、迷惑なら迷惑だと告げてもいいと思うの。」
「・・・・・・・・・。」
「正面から向き合ってあげて欲しいわ。」
「・・・・・・わかったのだ。」
 その表情に気押されて、真摯な表情にも心を打たれ、菌が答えるとバタコは嬉しそうに頷き、
「さ、明日は忙しいわよ。菌、頼りにしてるからね!」
 菌を残してリビングを後にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 菌には家族というものが良く分からなかった。
 辛うじて、優しかった母の記憶だけは少しだけ残っているが、バタコが思っているような感情に満たされている、幸せそうな家族の記憶は菌にはない。
 一緒に育ち、一緒に生活しているドキンちゃんがそれに当たるのだろうけれど、ドキンちゃんに対して、菌にはバタコのように深くは想えない。
 もちろん、幸せになって欲しいとは思うが・・・。
 菌は、記憶の中に居たはずの父や、兄弟のことを思い出そうとしたが、微笑ましい思い出の一つも無いことに気付き、早々に諦めた。
「別に、いらない。家族なんて・・・。」
 記憶にも残ってないほどの家族なのだ。・・・いや、記憶から消してしまいたいと言った方が正しいか。
「そのために、俺様はココに来たんだし・・・。」
 菌は呟き、頭を振って考えを吹き飛ばすと、餡の部屋へと急いだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
続  
 
 
 
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やぁぁぁぁっと続きです。お待たせしました・・・って誰も待ってないか!笑
もうちょっと早く書けないかなぁ、自分・・・(ー_ー;)
 
 
弱っちくて甘えてる餡が書けて楽しかった(笑)
これ、攻めか?!と思いつつ・・・笑
 
そしてバタコさんがすごいです。
この人、何?笑
タダの姉さんじゃなかったの?!笑
幸せになって欲しいなぁ、バタコにこそ・・・!(ホロリ)
 
 
このシリーズは、もう1話で終わりそうです。
次はロールとメロンとクリームが出てきて、賑やかになりそうだなぁ。
 
でもその前に仕事の繁忙期を挟むので・・・次がいつになるやら・・・orz
(いつもソレばっかですみません・・・tt)
 
ここまでお読みいただきありがとうございました!!
 
またお会いしましょー!
 
2007.08.08