「バイキンマン・・・?」 「ん・・・・・・。」 呼ばれて目が覚めた。身体が重くて、床に貼り付けられたようだ。 鈍い頭を働かせて、声の主が餡であることに気づくと、菌は飛び起きた。 「アンパンマン!!」 「おはよう。」 血色は悪くて息も浅く、額には脂汗が浮いているが意識はハッキリしているようだ。 「具合は・・・?」 震える声で、今にも零れ落ちそうな涙を堪えてたずねると、餡が苦笑した。 「身体中が、痛くて・・・眠れないんだ。」 「っ・・・。」 堪えきれずに零れ落ちた菌の涙をみて、餡が自身の腕を動かそうと試みるが激痛に苛まれて動かせず、悔しそうに顔をゆがめる。 「・・・っ、バイキンマン・・・涙・・・拭えないから・・・泣かないで・・・」 「ぅ、な、泣いてないのだっ」 「そう?・・・ったたた・・・」 そう言うと、起き上がろうとする餡に、菌は慌てて手を貸す。 「餡?!起きて大丈夫なのか・・・?!」 「ん・・・いつまでも、ここに、居るわけには、いかないでしょ?っ・・・。」 菌は怪我をしていない方の腕をつかんで身体を起こすのを手伝った。 「はっ・・・・・・、菌、僕のマント、取って・・・。」 「わ、わかったのだ。でも何を・・・?」 「歩くの、手伝って、くれる?・・・外に・・・」 菌は、乾いていたマントを餡に装着させて自身の肩に餡の腕を回して支えた。耳元で浅くて苦しそうな息遣いが聞こえる。 よたよたと二人して洞穴を出ると、あたりはすっかり明るく、太陽がギラギラと照りつけていた。 太陽が高い位置にあった。もう正午あたりだろうか?その暑さと明るさに、軽くめまいを起こす。 「どれ、くらい・・・寝てた・・・?僕・・・」 「・・・多分一晩・・・なのだ・・・。」 「そう・・・バイキンマン、お願いが、ある、んだけど・・・」 「何だ?」 「水、飲ませて・・・」 「・・・っ!わ、分かったのだ・・・。」 背丈ほどある岩に餡を預けると、昨日とは打って変わって穏やかな流れになっている川に歩み寄る。水が綺麗なことを確認して両手で掬い取ると口に含んだ。昨晩したように口移しで飲ませようと餡の元へ戻ってくるが、昨晩と違い意識のハッキリしている餡に急に羞恥心がこみ上げてきて、真っ赤に染まりながら震える手で餡の胸元をつかんで恐る恐る唇を合わせた。 餡は水を飲み下し、自由の利く左腕で菌の身体をそっと抱きしめて嬉しそうに呟いた。 「えへ・・・ありがと・・・」 「っ・・・!お前っ・・・!!」 菌がその意図に気づいて、すでに赤く染まっていた顔をさらに染めた。 半分以上はキスしたかったのが本音の餡だが、クラクラとしていた頭が軽くなったことも事実である。 さて、と呟くと餡は崖を見上げて息を呑んだ。 「バイキンマン、僕に掴まって。」 「え?」 「多分、上まで飛ぶのが、精一杯だから・・・その後は、よろしくね。」 左腕で抱え込まれ、慌ててその腕と身体にしがみつくとふわりと宙に浮いた。 「っく・・・。」 「あ、餡っ・・・!」 餡は歯を食いしばってゆっくりと上昇する。苦痛にゆがむ表情に、菌が思わず呟いたが餡には振り返る余裕がなかった。 ゆるゆるとしたスピードで、それでもやっと崖上まで飛んだが着地もできず、落ちるようにして転がった。 「ぅっ・・・っ!」 草が覆い茂っていたためクッションにはなったが、全身に骨折やら打ち身を作っている餡には苦痛すぎる衝撃だ。 菌は餡の身体を再び引きずるようにして大きな木の幹にもたれされて木陰に移動させると 「人を呼んでくるのだ!」 言うが早いか、駆け出した。 苦痛に顔をしかめていた餡は、菌の声を遠くに聞きながらぼんやりと空を見上げる。 ・・・あ〜・・・いい天気だなぁ・・・。 声にすることなく呟く。 身体がピクリとも動かせずに菌の駆けて行ったであろう方向へ意識をめぐらすが、地面が崩れてぐるぐると世界が回り始めた。 「・・・っ・・・」 今更感じる強いめまいに、餡は大人しく目を閉じた。 一方、パン工場では朝から騒ぎになっていた。 「餡が昨日からまだ帰って来てないのよ!!」 朝、配達用のパンを取りに来た食に、バタコが泣きそうな顔で飛びついてきた。 「え、まだ帰ってないの?」 無断で外泊や家を空けたことがない餡だ。子供でもないし、雨が多少降っていても、帰りが少々遅くてもそこまで心配することはないが、さすがに正午近くなっても帰ってこないことに何かあったのではないかと考えるのは当然のことで。 「食ー!」 「辛、おはよう。」 空から辛が降りてくる。 「おはよ!今、いつも餡が行ってるパトロールのコースを見てきたけど、居なかった。」 「っ・・・!」 その報告に、バタコの顔がこわばった。 「バタコさん、しっかりして。ジャムおじさんとパン工場で待ってて。俺も一緒に探すから。」 「・・・うん・・・。」 「餡のことだから大丈夫だよ。ね?」 「俺もそう思う!」 心配で焦心するバタコを囲んで元気付ける。 「・・・うん。ありがとう、二人とも。」 「食、来てたのか。」 「ジャムおじさん。おはようござます。」 パン工場のドアが開いて、ジャムが現れた。同じように心配顔だ。 「配達は今日は私が行こう。空を飛べるお前たちのほうが効率がいいだろう。餡を頼む。」 食と辛は頷くと 「いくぞ、食!」 「2人とも、気をつけろよ。」 「はい。」 「行ってきます。」 照りつける太陽の空へ、飛んだ。 辛と食が森の辺りまで進んだときだった。 前方から、赤いUFOにのったドキンちゃんが2人を見つけて叫び、いそいそと寄ってきた。 「食様ー!!」 「ドキンちゃん。」 心なしかその顔にはいつもの元気さが見えないような気がした。 「食様!!」 「ねぇドキンちゃん。私たち餡を探してるんですけど、見ませんでした?」 「! 私も菌を探してるの。菌は昨日昼前に森に出かけて、その後アンパンマンが尋ねてきて・・・菌は昨日から帰ってきてないわ。」 「状況が餡と一緒・・・。」 「てことは、2人一緒に森にいるのか?」 話を聞いて、腕組みしていた辛が呟く。 「その可能性が強いですね。」 「森か、よし、行くぞ。」 辛の言葉に頷き、ドキンちゃんも加わって3人は森を入念に調べることにした。 森の上を見渡しながらしばらく進むと、開けた広場とその脇に丸太小屋が現れた。 3人は降り立つと捜索する。 食は切り株の辺りをぐるりと回り、辛は小屋付近を調べた。 「言ってた森って、ココのことかな・・・」 先日バタコが言っていた森のことを思い出す。 「あ、バイキンUFOがあるぜ!」 辛の言葉に食は顔を上げた。 切り株から見て小屋の裏側に、よく見知ったバイキンUFOが置かれている。 「ここも間違いないわよ。これ。」 小屋に入り込んでごそごそしていたドキンちゃんが、食べかけのベリーパイと、その皿を見せて言う。 「このお皿、城にあったものだもの!」 「でも2人とも何処へ・・・」 腕組みをして食が考え込んだときだった。 ガサガサガサっ・・・! 「?!」 急に茂みの方から音がして、3人は身構えた。 町に近いとは言え、夜は夜行性の動物が横行するため、森をうろつくことはできない。 日が明るくても、いつ危険があるか分からない場所だ。 何事かと、音のした方を凝視すると、現れたのはバイキンマンだった。 「バイキンマン?!」 「・・・あっ・・・!」 3人の声が重なってその人物の名を呼ぶ。 「キャ!何よ、その格好!」 「大丈夫か?」 「一人なのか?」 あまりにも想像とかけ離れた酷い姿に、ドキンちゃんが悲痛な悲鳴を上げた。 菌の姿は全身泥で汚れており、羽織っている白衣は両袖が破れて無く、肩から伸びる白い腕は擦り傷だらけで、何よりもその菌の表情が憔悴し強張っていた。 「あっ、・・・はぁっ・・・」 3人の顔をみるなりほっとしたのか、菌の瞳からはポロポロと涙が零れ落ちる。 息を荒くつきながら、やっとのことで搾り出したその声はガラガラに掠れていた。 「あ、・・・っ、餡をっ・・・餡を助けてっ・・・!!!」 「餡も一緒なのか?!何処に!?」 「ゲホゲホっ・・・!」 立っているのもやっとだったのだろう、咳き込むと膝がガクガクと震えてよろけたのを、食が支えた。 「菌っ!」 「バイキンマン!しっかりしろ!もう少しだけがんばれ!餡は?!」 「・・・っ・・・こっち・・・にっ・・・!」 食に支えられながら、菌は来た道を指差し進んだ。 食と辛に両脇から支えられて、半ば運ばれるように餡の元へたどり着いた。 「げっ、餡?!おい!しっかりしろ!」 やはり想像以上の酷さだった餡の姿に、辛が慌てて駆け寄り頬を軽く叩いた。 餡の顔からは血の気が無く、ぐったりと木の幹に身体を預け、辛の呼びかけにも意識を戻さない。 食も、支えていた菌をドキンちゃんに預けると、 「辛、一刻も早くパン工場へ!」 「分かった!」 2人がかりで餡を抱えようとしたときだった。 「キャア!菌!」 振り返ると、菌が気を失ったようだ。ぐったりと力なく崩れる菌を支えきれずに、ドキンちゃんが尻餅をついた。 「バイキンマン?!しっかりしろ・・・って、すごい熱!」 慌てて駆け寄った辛が菌の身体を支えると、身体の熱が服越しにも伝わり、額に手を当てると高熱が確認できた。 息も荒く、額には汗が滲んでいた。 「菌も大変だぞ。俺はコイツを運ぶ。」 辛がドキンちゃんから菌を受け取ると、横抱きに抱え上げた。 「辛、大丈夫か?」 「ああ、そっちも?」 2人は顔を見合わせて頷くと、空へと飛び立った。 「ドキンちゃんはUFOで後から来てください!僕たちは先に餡たちを連れて行きます。」 「わかったわ!」 ドキンちゃんは泣きそうな顔をしていたが、気丈な声で返事をすると、2人を空へ見送った。 ――うす暗くて緑の生い茂る道なき道を、必死に掻き分けていた。 背よりも高い丈の尖った草が、むき出しの腕と頬を傷つけて、痛みを伴う。 その痛みに顔をしかめながらも、草を掻き分ける腕を休めはしなかった。 ―早く、早く、あそこまで行かなければ・・・! 先の方に見える一点の微かな光は、必死に歩を進めても、どんなにがんばっても小さくなるばかりで、さらに進めようとする歩を蔓が絡みとり、足を、腕を押さえられて、もどかしさから、唯一自由になる涙だけがポロポロと零れ落ちた。 ―嫌だ、待って! 行かないで!!! 小さく消えそうになった光が、一瞬、良く見知った背中に変わった。 ―・・・っ、餡っ・・・!!! 声に気づき、呼ばれた人物が振り返ると同時に、消えかけていた光があふれ出す。 駆け寄って確かめたいのに、眩しくて顔を見るまもなく、光に飲まれた。 「・・・・・・餡っ・・・・・・!!!?」 突然、つかみ所の無かった薄暗くて緑が生い茂る草むらから、重力をその身体にずっしりと感じて苦痛に襲われた。 体中が重くて、動けない。 軽くパニックに陥っていた菌は、ふと見知った部屋にいるということを認識して落ち着きを取り戻す。 白い天井に白い壁、ここは餡の部屋だ。 「あ・・・、バイキンマン?! 目が覚めたのね。」 「・・・?」 ドアが開く音がして、顔を出したのはバタコだった。 洗面器を抱えたままで枕元にいそいそと来ると、顔を覗き込まれた。 「具合はどう?2日も眠っていたのよ。」 「・・・・・・?」 バタコは菌の額からずれ落ちていたタオルを取ると、額に手を当てた。 当てられた手の、ひんやりとした感触に思わず目を閉じる。 「熱もだいぶ下がったわね。」 たたまれて小さくなっていたタオルを丁寧に広げると、洗面器に浸して軽く絞り、浮かんでいた汗を軽く拭いて再び額に乗せた。 「あ・・・の・・・あ・・・餡・・・は・・・?」 まるで母のような表情で見つめてくるバタコに、菌はやっと出た掠れた声で聴くと、バタコは頷き、隣のベッドに横たわる餡が見えるように身体をよけた。 餡の部屋には元からあったベッドに、もう一台ベッドを置いていて、そのベッドには自分が横たわっている。 まるで病院の一室のようだ。 そこには穏やかな寝息を立てて眠る餡が居た。顔色は決してよくはないが、苦痛の表情が消えている。 「酷い怪我だったけど、もう安心していいそうよ。」 そういうと、バタコは菌の瞳から零れた雫をそっと拭った。 拭われて初めて、菌は涙を流している自分に気づいた。 「あなたも相当酷かったのよ?餡は無事だから、ゆっくり休んで?ね。ドキンちゃんも心配してたから、知らせてくるわ。」 バタコはクスリと安堵の笑みを浮かべて、 「泣くと熱が出るわよ、バイキンマン。お水持ってくるわね。」 言うと、部屋を出て行った。 パタパタとバタコのスリッパの音が遠ざかるのを聞いて、身体を起こそうとした菌は、頭痛に断念する。 バタコの言うとおり、涙が熱となって頭痛に変り、頭は重く鈍く痛んだ。 身体を起こすのは諦めて顔だけを横に向けると、隣のベッドで眠る餡をそっと見つめた。 「・・・アンパンマン・・・」 無事で、良かった。 生きていて、良かった。 薄暗く、人外の声しか聴こえない森で、意識を失って眠る餡をふと思い出す。 まるでこの世に2人だけしか存在しないかのような静寂と孤独に、この存在を失いたくないと強く思った。 餡が居なくなってしまえば、この世で俺様は一人ぼっちだ。 だが、悲観にくれて漂う虚しさは長くは続かなかった。 重症を推してまでも光の中にあり続けた餡は、菌をも光の中へと引っ張り上げた。 菌は、強く溢れる生気に導かれ、何物にも変えがたく今までに感じたことのない心地よさに包まれたのだ。 長く、暗い夜をさ迷って張っていた心が、溶け出した気がした。 ―君が好きだよ。 いつか伝えられた、優しい顔が思い出される。 ―・・・・・・俺様も、好きだ・・・。 目を閉じて、溢れる涙を堪えるうちに、再び眠りに落ちていった。 続 ***************************************************** 前回からだいぶ空いてしまいました(汗) やっとアップできたぁ・・・。餡、菌、良かったネ、と・・・。 ジャムおじさん初登場です(笑) しかしたったの2行のみw ま、今後出てくる予定ですので、ご期待(?)ください! やっぱ特筆すべきは口移しですかね、今回も・・・笑 フフフv 確信犯な餡!! やりおったわ!笑 ていうか、展開がベタベタですみまっせーん・・・笑 こっ恥ずかしいけど、もういいよ。どうしようもないYO・・・!笑 ここまでお読みいただき、ありがとうございましたv そしてすみません、まだ続くみたいです・・・! 次回もよろしくお願いしまース!!! お粗末様でしたvv 紅月 渉 2006.12.18 |